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上弦

 

こんにちは、まめ助です。

 

今日は暦に上弦と記載されています。

これは月の満ち欠けの状態を表すものです。あの上弦の月、下弦の月の上弦です。

 東洋占術では旧暦(太陰暦)を用いますので月の運行状況が大事です。そのため占術に関する暦には記載されています。

 月の運行

暦に書かれている月の状態を表すものには、(さく)、上弦(じょうげん)、(ぼう)、下弦(かげん)があります。

 

は新月のことです。新月の日つまり”朔日”が1日となります。

上弦は朔から7日前後で半月のことです。

は朔から1 5日前後で満月のことです。

下弦は朔から22前後で半月のことです。

そして、朔から30日前後で再び朔に戻ります。

 

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上弦の月・下弦の月の見極め方

夜空を眺めて上弦の月なのか下弦の月なのかを判断するのは難しく朔からの日数でみる方が簡単です。

 古代の人は月の形を弓に例えました。そして、その弓の弦が上を向く場合を上弦の月、下を向く場合を下弦の月と呼び区別しました。

しかし、これは沈む時の話で昇る時は逆になります。なので分かりづらいのです。 

日本人は月に風情を感じる

古代の和歌には月を詠んだものがたくさんあります。

例えばとっても有名なこれ。絶対知っているはずだと思います。

 

百人一首より

天の原ふりさけ見れば春日なる 

      三笠の山にいでし月かも

              阿倍仲麿

  

万葉集の月

学生時代の国語の教科書にも出てくる親しみのあるものをいくつかご紹介しましょう。懐かしいと思うかもしれません。

 額田王の歌

 熟田津(にきたつ)に船(ふな)乗りせむと月(つき)待てば

     潮(しほ)もかなひぬ今は漕(こ)ぎ出(い)でな  

            【額田王 万葉集巻一(8)】

 

 

🐶訳

熟田津から船出しようと良い月を待っていたら良い潮も来た。さあ、漕ぎ出そう。

この歌は朝鮮出兵の際(詳細は省略します)に九州へ向かう途中経路で熟田津(にきたつ、愛媛県松山市辺りと言われる)に立ち寄りそこから九州へ出立する時の歌です。今こそ船を出しょうと宣言するかのような歌です。

  

柿本人麻呂の歌

東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて

       かへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ   

        【柿本人麻呂 万葉集巻一(48)】

 

  🐶訳

東の野に日の出前の光(かげろう)が射し始めているのを見て西の方角を見たら月が沈もうとしていたよ

 ここにはただ月としか書かれていません。学者たちはこの月がどの月だったのかを推察します。なんてことない歌に思えるかもしれませんがだからこそ気になる歌です。

例えばこの時の月は下弦の月だと言われます。面白いですね。

  

 まめ助お薦め

万葉集では月を、女性の眉になぞらえて「眉月」と言ったり眉を書く様子から「眉引きの」と表現して読んでいるものを多く見ます 。

有名とは言えないですがその1例です。

月立ちてただ三日月の眉根掻き日

            長く恋ひし君に逢へるかも  

          【坂上郎女 万葉集巻六(993)】 

 

 🐶訳

月が生まれて出てくる時のような三日月の眉を掻いたからでしょう。久しくお会いできなかった恋しいあなたに会えたのは。

 眉を書くと想い人に会えるという迷信があったそうです。誰だったのだろうと想像しながら読むのが好きです。

  

とっておき🌛

 北山にたなびく雲の青雲の星離(さか)り行き月を離れて

          【 持統天皇 万葉集巻六(993)】 

  

🐶訳

北山にたなびく青雲が遠くへ離れていってしまう。星から離れ月からも離れて

 この歌は夫の天武天皇が亡くなったことを悲しむ歌です。意味はよくわかっていませんが切なさが伝わる歌です。天武天皇を雲に例えてその魂が遠くへ行ってしまうことを悲しんでいるのでしょうか。

 

持統天皇は女傑のイメージですがこういう柔らかい歌を残したのだなぁと歴史本にはないそのホントの心が見えるようです。

 

 歴史の教科書は学者の説の集約です。ですが和歌など本人が残したものにはその人の本当の姿が表れます。それが見えてくる所に和歌の面白さがあります。

 

皆さんも機会があれば一度じっくり読みませんか? 今も昔も変わらない感情がそこにあって興味深いですよ。

 

 

では、またです。