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紅葉と黄葉

こんにちは、まめ助です。

今日も快晴でした🌞 そろそろ紅葉狩りに行きたいのですがまだ見頃ではないと言われ先に延ばしています。

みなさんは紅葉を見に行かれましたか?

 

ところで、秋は銀杏が黄色に染まりますが、あまり黄葉したとは言いませんよね。やはり秋は紅葉です。今の日本人は赤が好きだからでしょうか。

 

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古代のモミジは黄葉だった

 紅葉は「コウヨウ」とも「モミジ」とも読みます。そしてモミジと言えば秋に葉が赤く染まるです。モミジは赤く染まるというのが当たり前の現在です。

しかし万葉時代のモミジは実は黄葉でした。モミジと言えば黄色だったのですね。

日本最古の和歌集万葉集にはモミジを詠ったものが100首以上あるそうですが1首を残して全て黄葉と書いてあるのだそうです。

 

学生時代の授業で万葉集が題材の時に『万葉の時代のモミジは黄色の葉のことを言っていた』と先生が言ったことにびっくりしたことを覚えています。「古代には椛や楓が少なく銀杏ばかりだったのだなぁ」と思って黄色い銀杏が一面にある貴族の庭を想像したものです。しかし先に言いますが、これは誤りでした。

 

めづらしき人に見せむと黄葉(もみちば)を手折りぞ我が来し雨の降らくに

                           橘奈良麻呂 万葉集(8)

  

銀杏が日本入ってきたのは鎌倉時代

銀杏は神社やお城の傍には必ずと言っていいほどあり日本人には馴染み深い木ですが、驚くことに銀杏は鎌倉時代に中国から持ち込まれたことで日本に分布したものなので、それ以前の日本には存在していないのです。

驚きませんか? 

そして、万葉時代は何を黄葉と言っていたのでしょうか? ますます疑問です。

  

生きた化石・イチョウ

世界のあらゆる所そして日本でもイチョウの化石は多く見つかっています。アジア・北米・欧州など広い範囲で化石は見つかっていますので2億年前には地球上に広く存在して何処でも見られる植物だったようです。

銀杏が地球上から姿を消した原因は、種蒔役が恐竜だったことにあり、その恐竜が絶滅したため種蒔役を失ったため次第に衰退していき氷河期の直前頃には殆ど全ての地域で絶滅してしまったようです。

ところが、中国南部の浙江省天目山という所には唯一生き残った銀杏があってそれを人が発見したことで播種役が人間となりまた地気球上で見られるようになったのです。

ただ、絶滅以前は数種あった銀杏の種も近縁の種属は全て絶滅してしまい現存するのは1種類だけとなりました。

 

銀杏の由来と歴史

イチョウの音の由来

中国・宋の時代にアヒルの足(鴨脚)のことをヤーチャオと発音し南部地方ではイーチャオと発音していました。これが訛ってイチョウになったと言われています。

 

銀杏という漢字表記の由来

人が食べる銀杏はイチョウの果実の種子の部分です。これが杏に似ていて殻が銀色なので「銀杏」と漢字で表記されるようになったようです。

 

 

 ちょっと脱線して銀杏にちなんだお話を。

 

源実朝暗殺に想う

銀杏が日本の有名な事件に初めて出てきたのは1219年の源実朝暗殺ではないでしょうか。源頼家の子の公暁(くぎょう、八幡宮の別当)が銀杏の木に隠れて待ち伏せして暗殺に及んだという伝説があります。

ここで疑問です。鎌倉時代に入ってきて植えられた銀杏がもう既に大人の男性が隠れられるまでに成長していたのでしょうか? しかも当時の衣服はスラっとした形ではない上、殺害日は1月末ですから葉も落ちてしまって丸裸状態です。なのにどうやって隠れたのかなぁ。 もしこの話が間違いだとしたら何故こんな伝説ができたのでしょうか。興味ワクワクです。こんなことを考えると止まらなくなります。

 

 

次は椛とカエデについて考えてみます。

  

椛とカエデ

モミジとカエデの違い

モミジをカエデとも呼びます。植物分類上、カエデとモミジは区別されていませんのでこれは間違いではありません。どちらも分類上カエデ科のカエデ属の植物です。

しかし、葉の切れ込みの数で区別する場合もあるようです。

①切れ込みの数;5~7枚がモミジ、それ以上がカエデ

②切れ込みの深さ;深いものがモミジ、浅いものがカエデ、

など。

 

どんな定義であれ、似てはいても違うものと認識されていたようで 語源はそれぞれ別にあると言われます。

 

 モミジの音の由来

“もみづ”という言葉が語源と言われています。

染料の紅花を用いており、その色素を水に揉みださせた赤い水で布を染めることを平安時代頃に「揉み出づ(もみいづ、動詞)」と言っていました。その赤に染める様子を木の葉が色づく様子にも使われていき「もみいづ」が「もみち”(名詞)になり徐々に「もみじ」へと変化したと言われています。

 

カエデの音の由来

葉の姿形がカエルの手に似ていから「カエルのテ」が訛ってカエデになったと言われ万葉集にもそれを伺い知る歌があります。

 

 我が宿にもみつ蝦手(かへるて)見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし  

                             田村大嬢 万葉集(8)

 

 

黄葉から紅葉になったの訳

黄葉とは秋になり冬枯れする前の葉や草の緑が褪せて黄色を帯びた状態を全てそう呼んでいたようです。現在でも田舎の方の自然の山を見るとそう思わせる景色があります。赤色や黄色と言うよりどちらともいえない橙色っぽいとういものが目立ちます。

  

紅葉が好まれ始めた平安時代

モミジという音に紅葉という漢字を一般的に用いるようになったのは平安時代以降のようです。

百人一首でお馴染みで紅葉がモミジと呼ばれた歌と言えばこれでしょう。

奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき    猿丸太夫 百人一首(5) 

 

 

紅葉が多く使い始められると紅葉という表現だけでは物足りなくなったのでしょうか、紅葉が別の表現となっているものもみられます。

これも有名な歌です。紅葉の表現が「からくれなゐ⇒唐紅」ですね。

ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは

                         在原業平朝臣 百人一首(17)

 

 

その後江戸時代になると、この赤く染まる様に愛着を感じた人々は新しい品種をたくさん作りだしました。今では原種・園芸品種を合わせ400種類以上になるそうです。

それで秋のお寺はモミジや楓で赤く染まるのですね。

 

 

ついでに紅葉と黄葉を科学的に言うと

葉などの植物の緑色の素はクロロフィルという色素です。

葉を黄色に変えるのはカロチノイドという色素です。秋になり気温が下がるとクロロフィルが分解されて緑色が薄くなるためカロチノイドの色が目立ってきて黄色になるのです。

 

葉を赤色に変えるのはアントシアニンという色素です。秋になり気温が下がると光合成により生成された糖分が葉の中に留まるようになるため葉中の糖度が上昇します。その状態で日光に当たると糖とタンパク質が化学反応を起こしてアントシアニンが多く生成されるため鮮やかな赤色になるのです。

 

 

万葉時代の色の表現

『万葉集』の色の表現は、赤・青・白・黒の4色しかないそうです。

また、木々の緑を「あお」と表現し、緑の多い山々を「あおあおとした」と表現します。

現代でも信号機の「緑」を「青」と表現します。この表現の始まりがこの時代からあるようです。もしかすると、オレンジ色っぽい葉を黄色と表現したに過ぎないのかもしれません。ただ少なくとも赤ではなかったようです。

 

現在でも俳句では黄葉と書いても紅葉と書いてもモミジと読むそうです。文字の使い分けでその木が何の木かを想像させるところに趣があるのだとか。面白いですね。

 

 

なお、色の表現の多さは日本は世界一だと聞きます。同じ赤でも青でも様々な表現があり、日本人の感性の豊かさを表しています。この表現は平安時代にはほぼ完成しているようですから日本人の文化の高さを思わせます。

 

 色から見た歴史もなかなか面白いです。機会があればまたお話したいです。

 

では、またです。