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お花見

こんにちは、ご訪問ありがとうございます😊

 

お花見には行かれましたか? 

今年は花散らしの雨がなかったからか長く観ることができましたがさすがにそろそろ見納めですね。今週末が最後のチャンスです。桜吹雪が見られますがこれも綺麗です。

 

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 花見好きな日本人

お花見は日本独特の習慣と言われますが何故でしょう。少し復習をします。

花見の起源

主に2つの説があります。

1.古代の「花宴の節(せち)」に由来

花宴の節は古代中国の唐から伝わった花を観賞し歌を詠みながら催す酒宴のことです。日本に伝わると奈良時代の貴族の間で催されるようになりました。

当時の花と言えば梅の花でしたので梅を見て歌を詠んでいましたからこの時代の和歌は桜を詠んだものよりも梅を詠んだものの方が圧倒的に多いです。

 その後、平安時代に嵯峨天皇が桜を好んだため多くの桜を植えさせたことで桜の花見が定着したようです。812年に神泉苑で花宴を催した時には桜の花見が行われていたようです。

813年には宮中の定例行事とされ、『花宴』は源氏物語にも登場し第8帖の巻名にもなっています。源氏の君が朧月夜に出会った巻です。

 

2.古代からの風習

そもそも日本人にとって桜は古代から大切な木でした。神様が山から下りてきた時に留まる依代とされ神様が山から下りてきた時に桜が咲くと考えられていたので桜の花の咲く頃が田植えを始める適切な時期と言われていました。そして花が咲いたら木にお酒や食べ物をお供えしその年の豊穣を願っていたのです。 

桜が咲いたら田植えの始まりというのは少し早いように感じますがこれは実際田んぼに苗を植える前の準備を始めるということでしょう。

 

個人的に花見の由来は2つとも当たっていると思っています。1は政治的な花見となり2は庶民の花見として伝わります。現在一般的に行われている花見は2に近いものとなりそうです。大々的な花見は貴族や政治家の特権階級で行われ庶民は細々と楽しんでいたのでしょう。

 

政治で行っていた大々的な花見を庶民に広く広めたのは豊臣秀吉でしょう。 

 

豊臣秀吉のお花見

吉野の花見醍醐の花見もあまりにも有名です。開催の意図には政治的なものがあったでしょうけれど、結果的に貴族階級の特権だった々的な花見を庶民へ浸透させました。初めて目にした庶民は憧れをもって真似したでしょうね。

  

江戸時代に植えられた桜

将軍徳川家光が植えた桜

江戸に初めて吉野の桜を植えたのは3代将軍徳川家光と言われます。それが有名な寛永寺の桜です。しかし、ここは徳川家の菩薩寺のですので徳川一門くらいしか入れなかったので庶民ものではありません。

 

徳川吉宗が植えた桜

江戸に庶民が花見をする場所を作ったのはご存知8代将軍徳川吉宗です。墨田川の堤防沿いや飛鳥山に大規模な桜の植樹を行い庶民が桜を楽しめる場を作りました。

これはただの娯楽ではなくもっと深い考えがあったという所が凄いです。

隅田川沿いの桜は堤防強化に庶民に一役買ってもらおうと植えたと言われます。人が花見に来ることで堤防を歩き踏み固めれば堤防を強くするのです。また、当時農村だった地に桜の名所が作られば花見客が来て農民の収入に繋がります。色んなことを考えた政策だったのですね。頭が良いだけでなく吉宗公は将軍になる前の紀州での部屋住み時代に色々な経験をしていたことがこの結果を生んだのでしょうか。こういう庶民に分かりやすく実のある政治を行ったことが吉宗が名君といわれる所以ですね。

 

最後に

花見は海外ではあまり行われない日本独特の習慣です。日本は四季の変化がはっきりしているからとも言われますが農耕民族の日本人は季節に敏感ということも大きな理由なのではないでしょうか。楽しく良い習慣ですが問題が多いのも確かです。

近年は外国から観光客も来てお花見を楽しみます。まずは日本人がマナーを守り観光客の見本となり末長く楽しいお花見ができるよう心がけましょう。

 

 

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