思いのままに

暦に導かれ

5月5日は子供の日、端午の節句そして立夏

こんにちは、ご訪問ありがとうございます😊

今日5月5日は忙しいですよ。

子供の日、端午の節句であり二十四節気の立夏です。鯉幟が空を泳ぐ中、日差しはすっかり夏を感じるたっぷりの紫外線です。

連休の終盤ですね、いかがお過ごしですか。お天気の荒れている地域もありますがそんな中でも良い休日をお過ごしくださいませ。

 

立夏(二十四節気)~暦の上で夏の始まり~

 今日は二十四節気の立夏、そして次の節気の小満の前日までは立夏の期間です。

 暦便覧に「夏立つ」とあるように夏の訪れを告げる節気で暦の上では夏が始まります。立秋の前日までの期間が暦の上での夏です。

とは言っても1年の中で一番さわやかで気持ちの良い風が吹く季節で前半は晴天が続きお出かけに最適な気候です。しかし後半になるとだんだん梅雨の気配を感じる走り梅雨の頃になり日差しが強まったかと思うとグズツキ梅雨に入る準備期間の様な天気になります。この後に梅雨に入り梅雨が明けると本格的な夏となります。

 

≪立夏≫

 穀雨の15日後あたり

旧四月巳の月の正節(新暦5月5日頃)

太陽黄経 45 度

暦便覧;夏のたつゆへなり

 

一般的に田起こしや田の水張りの時期と言われますが既に田植えを済ませた地域もあります。

今年の天候が穏やかで美味しいお米がたくさん採れることを願います。

 

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子供の日・端午の節句

 誰もが知る5月5日の子供の日は古くから端午の節句と呼ばれていました。端午の節句は奈良時代には既に行われていた古くから続く行事です。

 

端午の節句が5月5日の訳

本来、端午とは月の始めの午(うま)の日のことで5月だけのものではありません。

5月は急に暑くなるので昔から病気になりやすかったため「毒月」とも呼ばれ古代中国では5月を物忌の月とし菖蒲やヨモギなどで厄除けをしていました。特に5日は五が重なるので重五と呼ばれ薬草摘みや邪気祓いなどの行事が行われていました。日本へ伝わり端午の節句の行事が定着するにつれ端午の節句と言えば5月5日を指すようになりました。

 

日本古来の早乙女の行事との融合

早乙女とは田植えの日に苗を植える若い女性のことです。古代日本では田植え前に早乙女たちが菖蒲とヨモギで葺いた屋根の下で身を清めて厄祓いする祭事が行われていました。

この行事と中国から伝わった重五の行事が融合し現在のような端午の節句となりました。始めは武家の催しでしたが次第に庶民に定着し誰もが楽しむ行事となりました。

 

五月人形はいつから

平安時代には紙で作られたカブトに菖蒲を付けて遊んでいました。室町時代になり武士が台頭してくる頃から徐々に本格的なカブトとなり江戸時代に五節句が定められたことで定着しました。

 

幟に鯉があるのは何故?

鯉幟も室町時代あたりに始まったようですが始めは竹竿に布を張り吹き流しを立てているのみでした。江戸時代になり町人にも広がると紙で作った鯉を竹串につけて高く上げるようになり、その高さを競って楽しんでいました。鯉は「鯉の滝登り」のように威勢良さを連想させますので親が子供の成長を願って鯉を付けたのではないかと言われます。

鯉幟は武家よりも町人に人気のあるものでした。

 

端午の節句が男の子の行事になった訳

色々な行事に江戸時代の徳川幕府が関係しますが端午の節句もその1つです。もともと武士の間で盛んな行事ではありましたが江戸時代に徳川将軍家に男の子が生まれると江戸城に馬印や幟を立ててお祝いしたため次第に男の子の成長を願う行事として庶民へも広がり定着しました。

 

子供の日

子供の日は前述の端午の節句が国民の祝日なった時の呼び名です。

国民の祝日ですので家族みんなで顔を合わせてお祝いできます。子供の成長を願う日でもあありますが同時にお母さんに感謝する日でもあります。

 祝日法には「「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝することが趣旨」とあります。

 

この他、ちまきや柏餅を食べて祝うのことも定着していますね。ちまきは地域の特色があります。 

 

近年は鯉幟が各家に上がることも少なくなりました。その代わり地域で一斉に鯉幟を泳がせているのをよく見ます。それはそれで見ごたえあって好きです。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます🙏